まうによる映画感想

落ち着きがない

【革新的恐怖演出】Get Out ゲット・アウト(2017)【ネタバレ無し】

★★★☆☆

 

監督 ジョーダン・ピール

制作 ジェイソン・ブラム

主演 ダニエル・カルーヤ

   アリソン・ウィリアムズ

 

あらすじ

アメリカに暮らす黒人青年クリスは、白人のガールフレンド、ローズの実家に挨拶に行くことになる。クリスが黒人であることを両親には伝えていないと聞き、少し不安がるクリス。彼女の家族が住む住宅街に、黒人は他に居ないという。

いざ到着するとそんな不安とは裏腹に、ローズの両親は温かくクリスを迎える。パーティに集まった白人たちも皆やさしく接してくれる。

しかし、不可解な出来事が次々に起こりクリスは疑心を持ち始め……

 

 

アフリカン・アメリカンにとっての”恐怖”とは

 

あなたは何に対して「恐怖」を感じるだろうか。

 

私たちが何に対して純粋な恐怖を持つのかは、私たち自身の Ethnicity (民族性) に強く依拠している。

 

スティーブン・キング原作の映画『痩せゆく男』では、主人公のアメリカ人男性がアメリカ先住民の呪いを受け、やせ細ってゆく。この「先住民の呪いを受ける」という恐怖描写は、先祖たちが先住民を殺戮、迫害したいわば血塗られた土地で犠牲の上に住む「アメリカ(白)人」だからこそ胸に迫るものであり、遠い異国に住み異なったEthnicityを持つ私たちがその恐怖を同じように感じることはできないだろう。

 

映画『インシディアス』で主人公一家は「悪魔」に襲われるが、敬虔なクリスチャンが「悪魔」に感じる恐怖と、仏教徒が感じる恐怖ははたして等しくあり得るだろうか?

 

私たちが社会の中で感じる「恐怖」は、個々人の文化的背景、宗教、死生観に依るものなのである。

 

ゲット・アウト』が描くのはアメリカに暮らす黒人アフリカン・アメリカンにとっての恐怖だ。彼らの文化背景は言うまでもなく差別・抑圧の歴史である。先祖たちが白人によって「輸入」されてきたルーツや、白人の家庭で奴隷として扱われた過去は彼らにとってある種の恐怖を煽るものだろう。

 

そして重要なのが彼らへの差別はいまだ根強くアメリカに存在していることである。黒人への差別、白人の生来的特権は、彼らの多くが育ってゆく中で何らかの形で経験する。

ゲット・アウト』の舞台のような、保守的な白人ばかりが集う住宅街はアメリカに実際に多く存在する。特に南部では、いまだ南北戦争時代の南側の国旗を掲げているような家々が並んでいたりする。

ゲット・アウト』で主人公が体験する状況の恐怖は、「確かに起こりうる」身近な実感をもってアフリカ系アメリカ人を襲うのではないだろうか。白人しかいない孤立した住宅街で、自分一人が黒人であるという状況。この居心地の悪さ、緊張は確かな共感をもって彼らの目に映るだろう。

 

 

様々な心理的恐怖描写

ゲット・アウト』中盤から終盤で描かれる、また違った種の「恐怖」は、より根源的な、心理に訴える描写であり、どんなEthnicityのもとでもだいたい等しく、恐ろしく思えるものだ。それは「閉じ込められる恐怖」であり、「自分が自分でいられなくなることへの恐怖」である。想像するだけで恐ろしい設定と、その描写は見事である。

 

社会派ホラーと思いきや…?

人種差別を主眼に描いた社会派サスペンス・ホラーかと思わせる序盤の展開だが、物語は終盤で思わぬ展開へ進む。正直言ってオチは荒唐無稽なものである。

だが無理してメッセージ性を持たせるよりかは好感を持った。

 

 

先の読める展開、あからさまなミスリード、少し陳腐な恐怖描写、ご都合主義的な幸運、万能すぎる催眠術、そしてどう考えても科学的にありえなさすぎる設定など突っ込みどころは目立つが、全体として斬新な「恐怖」を描いており、楽しく鑑賞できた。

 

またキャスティングと演技が(特に黒人俳優たち)非常に素晴らしかったと思う。セリフのイントネーションや話し方の区別(『黒人っぽい英語』というものがある)も重要な演出になっているので、英語音声での鑑賞をお勧めしたい。